キング・オブ・ロックンロールの名言「頭でっかちだと、身を滅ぼす。」byエルヴィス・プレスリー

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おはようございます。火曜担当シュークリーム依存症なワタクシ、しもじです。

台風が去って、また台風。秋雨前線が活発化して、日本全体で雨模様な今日この頃。
晴れたと思ったら、急な雷雨があったり。
はたまた、「竜巻」が発生したり・・・

冬になると竜巻注意報をよくみかけますが、この時期にも発生するとは・・・
これからは、「地震」「雷」「火事」「台風」「竜巻」ときて「親父」になりそうです。
生きていくうえで、自然災害の恐怖が多すぎる気がしないでもないです。

急に真黒な雲が発生したら竜巻が発生する前触れかもしれないので、ご注意を、とテレビが言っていました。
急な雨でも竜巻でも、突然発生した真黒な雲に「安全」「安心」はありません。
ご注意くださいませ。

そういえば最近できた「特別警報」。
その地域で、50年に一度起きるかどうかの大災害につながる恐れがある場合に出される警報です。
これ、多いですよね。
できたとたんに大活躍。
50年一度って規模の自然の猛威が襲ったら、そりゃあ無傷では通り抜けられないでしょう。
おそろしい時代になったものです。
前からこうした災害はあったんだ、という方もいます。しかし、こうして名前が付けられ、区分されることで、より人の認識に乗るようになるから不思議なものです。

さて、9月2日(月)の連続テレビ小説「あまちゃん」は、東日本大震災の3.11があった日が描かれました。
これにより、ネットを中心に大きな話題を生んでいます。
エンターテイメントで描かれる「災害」は、観る者にとっては「対岸の火事」ともいうべき安心感の中で、どれだけ恐ろしい物かを客観的に、時にコミカルに皮肉を込めて伝えてきます。
現実の生活が苦しく悲しく痛々しいのに、それを忠実に再現することだけがエンターテイメントではありません。
そこにやはり希望がなくてはならないと思います。
その描き方が、ドラマや映画、舞台でいえば「脚本」だし、漫画でいえば「ネーム」だし、小説でいえば「プロット」なのです。
月曜担当カワノさんは、映画がおもしろいかどうかは脚本によることが多い、と言います。
何を伝えたいのか。何を表現したいのか。何を残したいのか。
それらを効率よく(多くのエンターテイメントには時間や量などの制限がある)表現するためには、流れ・骨組の構成がしっかりしていなければならないので、カワノさんのいうことは「さもありなん」なのです。

そんな話題の続きで、こちらを・・・

【ネームがうまいと思う漫画家さんは?「羽海野チカ」「井上雄彦」「尾田栄一郎」】

やっぱり人気のある作品は、ネームもしっかりしているし出てくるキャラクターもしっかりしています。
その一方で、他の人にはなかなか理解されないけれど自分が好きな作家さんというのもいます。
この作家さんの作品は、どんなものであれ大概「好き」な作品が多いです。
ということは、うまいなぁって思うその大きな要因は、いかに共感(理解)できるかってことになるかと。それに加え、少しの遊び心もマンガには不可欠です。

人気漫画を実写化する動きが盛んです。
マンガ好きには賛否両論なこの実写化。
多くの場合は「ほかの作品としてみれば、観れる」という意見が多いです。
来年初春、あの人気漫画の実写映画公開が待っています。
そう黒執事。
キャスティング、告知動画の時点で既に何というか話題をかっさらっていく、この作品の主人公に女子が首ったけな模様です。

【女子441人が選んだマンガに登場する「イケメン」 ベスト5】

人気があるだけに、厳しい目で見られるのかもしれません。

ってか、キャラの設定身長みました!?
みんな背、高いですね。
バブル時代に流行った、理想の男性に不可欠なものは「三高」だったそうです。
「高学歴」、「高収入」、「高身長」の3つのこと。
理想には、今も昔もさほど変わんないのかもしれません。
でも現実は、こちら(↓↓)なのですがね。

【結婚相手の候補からはずれる男性って? -「収入が少ない」「マザコン」】

誰かの目と考えを通して発信することを「報道」とか「メディア」とか言ったりします。
その誰かの目・考えが、どのような立場であるのかというのが報道、メディアを捉えるときには重要です。むしろ、そこが定まっていないと報道、メディアとしては信用問題にもなります。
どんなことかというと。
自身の考えを発信するパターン。(評論家とか専門家とか)
読者(視聴者)の立場に立って発信するパターン。(旅番組とか料理番組とか)
そのどちらでもなく中立な立場で発信するパターン。(NHKのニュース部分とか)
がよく目にする形です。
それが複雑に絡み合うこともあるので、明確に区切ることは難しいかもしれませんが、「主語が自分」「主語が相手」「主語がない(事実のみ)」の3パターンです。

だから、それが誰の立場で言っているのかを情報を得る側もわかっていないと、「なんなんだよ、勝手なことばっか言いやがって」となるわけです。
または「自分の意見もないのかよ、そんなんだったら子どもできるわ」とかね。

で、このコラム。


【石破茂氏 古舘氏らメディアの集団的自衛権の理解力嘆く】

この番組、ちょうど見ていたのですが、石破さん(いつのまにか白くなっていました。どうやって短時間であんな白くなったんだろう)がいうことももっともです。
知識不足といえば、知識不足でしょう。

しかし、古館さんのあの受け答えに共感し、理解できた人も少なくないと思います。

何を伝えたかったのか。
さっきの脚本とかネームの話でも出ましたが、ニュースだって人の目と考えが入る限りは、その「何を伝えるのか」「どう伝えたいのか」が要素として入っています。
全くの事実、というピュアなものは事象でしかなく、情報というのは事実から捻じ曲げられたものなんだ、というのもニュースを見るうえでは大事です。
もちろん、これは自分自身が「事実だ」と確信していることに至っても同じです。

デカルトが「我思うゆえに我あり」と言いましたが、何かを思っている私というもの以外確かなものはない、という言葉だと聞いたことがあります。
情報を自分なりに昇華することが、自己確立にも大切なことなので、たとえ自分が考えていることが「事実でない」と言われても悲観的になってはいけません。
裏を返せば、自分らしさです。しかし、行き過ぎると「変わった人」です。ご注意を。



話は変わりますが、最近眠気のピークが頻繁に訪れるようになりました。
そんな時、「ガムをかむ」「トイレに行く」「寝る」のほかに多用するのが「コーヒーを飲む」。
コーヒーを1日2杯以上飲むと貧血の恐れがあるってコラムを、以前引っ張ってブログを書きましたが、ここに来て、貧血どころじゃなくて命さえも奪われかねないことが判明。

みなさん、命大切に。




今日のタイトルは、没後36年になるアメリカの偉大なアーティスト。
キング・オブ・ロックンロール、エルヴィス・プレスリーの言葉より。
彼の言葉には名言が多く、今なお引用されたり使われたりします。

頭でっかちだと、身を滅ぼす。

頭でっかち・・・
知識だけとか口だけとかのイメージ。
行動を伴わないこれらは、信用を無くすことはあれどもいつまでも安泰というわけにはいかないのでしょう。

知識、行動は車の両輪…大事ですね。